お金と時間は投資と浪費で区別することができます。そして時間も投資と浪費で区別することができます。
投資と浪費で表すとピンとこない人もいるかと思いますので、諸説あり一部疑問を覚える人もいるかもしれませんが、投資と浪費を学びと遊びに置き換えるとイメージしやすくなるかもしれません。
投資とはリターン(見返り)が期待できるものであると定義するならば、僕たちは生活の中でどれほどの投資を行えているでしょうか?
もっと分かりやすさを追求すると、将来花咲くことを信じて行う、種まきとも表現できるかもしれません。
最近気付いたことは、ほとんどの人が投資することが良いと分かっていても出来ないのはどうしてなのか? と考えた結果、それは成長意欲が伴っていないからである。という結論に至りました。
このコロナ禍の中、先の見えない闇の中、変わりゆく時代を前に、これから訪れるニューノーマルの中でもか生きる力(稼ぐ力)を養うことは至極当然のようなことなのですが、成長意欲が少なすぎてその選択が出来ないのです。
そうなると、例えば友達から相談を受けた際には、その人にただ投資(学び)を勧めても話だけで終わってしまうので、行動の前に成長意欲を上げる。という段階が必要になってきます。
この成長意欲ですが、上がるポイントがかなり幅広いのです。褒めて上がる人もいれば、叱って上がる人もいるし、何かに成功して上がる人もいれば、失敗して上がる人もいる。
もっと言うと、他の誰かが成功して上がる人もいれば、失敗して上がる人もいる。と、言うように多種多様様々なポイントがあるのですか、相手をよく理解していないと難しいのです。
この、当たり前のような投資の前には成長意欲に目を向けるべきである。ということも、僕たちは盲目的に、ただ良し悪しを教育してしまって、相手は変わらない事が多いのかもしれません。
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